2017年05月21日

カタカナ語

日頃から感じていたことがあって、ブログに書こう書こうと思いながらそのままになっていたことがある。
それは、最近なにかとカタカナ語を使う表現が多すぎやしないかと言うこと。
昔の外来語ならまだ許せるが、最近はやたらと英語を使いたがる。第一をファースト、戦略をストラトジー、経済をエコノミー、商品や品物をグッズ、医療機関というか診療所をクリニック、顔立ちをマスク、見た目をルックス、、、、、きりがない。
そう思っていたら、今日の新聞のコラムに
、、、「都民ファースト」は「都民第一」でいいではないか、、、英語や外来語を使いたがる人は、自らの国際性と視野の広さを誇っているのだろう。つまり自慢だ。そしてカタカナ語を使うことで本質をあいまいにしてぼかす。政治家こそ世界標準ではなく日本標準を学ぶ必要がある。、、、
と書いてある。
安部晋三は、自分で勝手に日本語の意味を作って平然としている。「そもそも」を「基本的に」という意味で使う。彼の日本語はもう口から出任せ、立法府と行政府、公人と私人、都合のよい修正解釈で組み立てられている。だから国会答弁では意味不明な答弁やら他党批判やらただ長々と本質をはぐらかすことばかりで、理路整然とわかりやすく説明できない。
こんな人物が法律どころか、憲法を「云々」する資格があるのかよく考える必要がある。
さっきのコラムでは、最後に
、、、少なくとも「云々」を「でんでん」と読んでしまわぬように。で締めくくっていた。
話を戻して、まるでカタカナ語が当たり前のように横行している、中には日本語に直すと意味や本質が伝わらないからと、英語を使いたがる馬鹿な学者が言ったのを聞いたことがある。
要は、単なるアメリカの知識を横流しして「俺は偉いだろう」と錯覚している。
昔の洞察力鋭い外国語の日本語化する知識、知恵、技術を現代人は忘れてしまったようだ。
そのうち、馬鹿な知識人やらメディアが疑問もなく横流し続ければ、てにをはだけが日本語であとはすべてカタカナ外来語になってしまいそうだ。
posted by Shop_87 at 23:48| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとりごと
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